現在放映中のNHK大河ドラマ「義経」も物語が終盤に近づき、クライマックスに向かって盛り上がっているようです。
その「義経」に因んでこの秋行われている、定期観光バス特別コース「源平ゆかりの史跡めぐり」に参加しました。
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京都は義経誕生の地として知られ、源氏と平家にまつわる多くの史跡が残っています。
このツアーでは、平家として栄華を極めた平清盛、清盛の娘で波乱の生涯を送った建礼門院徳子、源平の合戦で戦功をあげた那須与一、それぞれゆかりの史跡を訪ねるというものです。
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| 〔写真の一部は、後日別途に撮影しています。〕 |
| ※写真をクリックすると大きいサイズで御覧頂けます。 |
まず訪れたのは洛東・円山公園の奥にある長楽寺。
ここは平安京に都が移されてからほどなく、延暦24年(805)に伝教大師最澄によって開かれた歴史のあるお寺ですが
、源平の最後の戦い・壇ノ浦で入水しながらも助けられた建礼門院が京に連れ戻されてこの寺に入り出家され、5ヶ月間ほど修業された後、寂光院へうつられたそうです。 |
| 境内客殿内には建礼門院御影・安徳天皇御衣幡などゆかりの品々が展示されています。 |
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円山公園の奥、東山の懐にある長楽寺の三門
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客殿前の庭園は、足利義政に仕えた相阿弥の作によるもの。
銀閣寺の庭園も手がけた相阿弥が、その銀閣寺の庭の試作として造ったといわれています。 |
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| 建礼門院御塔。御髪をおろされた時の御髪塔とも伝えられる。 |
本堂。ご本尊は最澄作の観世音菩薩。歴代天皇ご即位のときだけ開帳されるが今年は創建1200年の記念として特別にご開帳されています。
また、本堂内には東福寺開山聖一国師が三国(印度・中国・日本)の土でつくったという布袋尊像も展示されています。
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| 当初、長楽寺は天台宗の寺でしたが、後に一遍上人が開いた時宗の寺となったので、一遍上人ゆかりの品も多く残されており、境内収蔵庫にて展示されています。 |
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さて、1箇所訪れただけですが、早くも昼食の時間となりました。
お昼は同じ円山公園内にある料亭「左阿弥」。
織田有楽斎の二男頼長が出家して雲生寺入道道八となり、ここに住んで茶事を極めたと云われています。
江戸時代末期の嘉永二年に料亭を初め、頼山陽や川端康成、志賀直哉も訪れたという格式のあるお店です。
現在は建物も新しくなり、食事や宴会等にも対応できるようになっています。 |
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昼食のお弁当。結構ちゃんとお腹一杯になります。
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敷地内の佇まい。
敷地面積は1,000坪・建物の延べ床面積は570坪もあり、本館の他、別館として五つの茶室があります。
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続いて訪れたのは六波羅蜜寺です。
こちらは天暦五年(951)に醍醐天皇第二皇子であり六斎念仏の始祖・空也上人により開創された寺であるが、平正盛の寄進、その子忠盛が当寺内の塔頭に軍勢を止めるなど、平家と代々縁が深まり、その後清盛・重盛の代になると四条通りから七条通りに至る広大な境域内に権勢を誇る平家一門の邸館が建ち並び、その数5200余に及んだという。
それら諸堂は寿永二年(1183)平家没落の時兵火を受けて類焼し、本堂のみが残った。
その後、復興と火災を繰り返すが、現在の本堂は貞治二年(1363)に修営されたもので鎌倉時代の様式を伝えるものだそうです。 |
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| 本堂。昭和44年に解体修理が行われ、絢爛たる姿を誇っている。 |
東側から見た本堂。 |
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| 平清盛に因んだ石塚と、浄瑠璃・歌舞伎の「壇浦兜軍記」主人公・阿古屋を弔うため鎌倉時代に建てられたという阿古屋塚。 |
往時の平家の栄華を伝えるものは、残念ながら全く残っていないので、六波羅周辺の町家の辺りがその跡地であったと想像しながら歩くしかありません。 |
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最後に訪れたのが、皇室の菩提寺・泉涌寺の塔頭、即成院。
ここには、屋島の戦いで見事扇を射抜いたという那須与一の墓と伝えられる供養塔が残されています。 |
| 即成院は、恵心僧都により伏見に建立された光明院がその始まりですが、その後様々な変遷を経て、明治時代になり泉涌寺山内に移され、即成院と呼ばれるようになりました。 |
当寺が伏見にあったとき、出陣する途中病を患った那須与一が参篭し、本尊の霊験で平癒して屋島の戦で戦功をたてた事から、後に出家して即成院に庵を結んでここで亡くなったと伝えられています。
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ところでツアー当日は、ちょうど即成院で最も有名な行事「二十五菩薩練供養」が行われていました。
これは即成院境内の本堂と地蔵堂をそれぞれ極楽浄土と現世に見立ててその間に橋を渡し、菩薩面をかぶって金襴の衣装を着けた25人の稚児がその上を練り歩いて、阿弥陀如来が二十五菩薩と共に極楽浄土から現世に衆生を迎えに来る様子を表現する、というものですが、この「練供養」の見学のため、多くの観光客が境内に来られていました。
那須与一の供養等は拝見出来たのですが、本堂などの参拝はできなかったので、後日、改めて伺って境内の写真を撮りました。
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「二十五菩薩練供養」の様子。
菩薩に扮した稚児が本堂へと戻るところです。 |
普段は静かな境内と本堂。
中には定朝作と伝えられる阿弥陀如来と二十五の菩薩像が安置されている。
また、特別拝観で練供養の面・衣装も見学する事ができます。 |
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本堂奥に那須与一の供養塔がある。(この建物の中)
塔は高さ3mもある石塔で、屋島より運んだ石材を用いているそうです。
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時節柄、こんなパネルもあります。 |
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三門の屋根の上に鳳凰像がありますが…
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鳳凰は極楽浄土を表した宇治・平等院の方向を向いているそうです。 |
定期観光バス「NHK大河ドラマ『義経』放映記念 源平ゆかりの史跡めぐり」は、11月13日まで運行されています。
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※京都定期観光バスのホームページはこちら → http://www.kyototeikikanko.gr.jp/
※左阿弥のホームページはこちら → http://www8.ocn.ne.jp/~saami/
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