11月も下旬となり、暖かい日が多かったここ京都でも朝夕は冷え込む日もあって、季節はだんだんと晩秋の風情を帯びてきました。
そんな頃に相応しいお火焚祭というお祭が京都・太秦の広隆寺で先日行われました。
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広隆寺は推古11年(603)に、当時、太秦の辺りに居住していた秦一族の秦河勝が、聖徳太子から有名な弥勒菩薩半跏思惟像をご本尊として賜わり建立された山城最古の寺院です。
今でも、飛鳥時代からのものをはじめ多くの仏像が残されている由緒あるお寺です。
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お火焚祭は、もとは当時の頃に弱くなる太陽光の復活を祈る鎮魂の行事として旧暦11月におこなわれたそうですが、現在は、新暦の11月に一年の五穀豊穣に感謝し奉納された護摩木を焚き上げ、穢れを祓い無病息災を祈るお祭として、伏見稲荷大社を初めとして京都の各神社で今に受け継がれています。
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広隆寺では、聖徳太子の命日にあたる22日にお火焚祭が行われ、それに合わせて、現在の本尊である聖徳太子像が開帳され、太子に御法楽を捧げるとともに、信者各家の家運隆昌・息災延命の祈祷が修せられます。
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南大門に吊るされた、お火焚祭を告げる幕
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薬師堂前に設えられた火床
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境内では紅葉がちょうど見頃を迎えていました。
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講堂は永万元年(1165)年に再建された京洛最古の建物。
桜の紅葉が鮮やかです。
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享保十五年(1730)に建立された上宮王院太子殿(本堂)は桧皮葺が大変美しい。
この中で聖徳太子像が御開帳されています。
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いよいよ護摩焚きが始まります。
法螺貝を吹く修験者を先頭に、本堂で法要を終えたお坊さん達が火床へと向かいます。
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まずは修験者によって邪気を祓う。
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四方に弓を放ち悪霊を退散させる。
他に大太刀や鉞も使われました。 |
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いよいよ火床に火が付けられます。
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杉の枝が燻ってもうもうと白煙が上がります。
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だんだんと炎の勢いが強くなってきました。
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修験者と一緒に読経するお坊さん達
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| 燃え上る炎に護摩木が次々と投げ入れられます。 |
護摩木の数は数万にものぼるそうです。
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忽ちのうちに護摩木は全て焚き上り、炎も次第に小さくなっていきます。
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護摩焚きが終わると修験者とお坊さんは庫裏へと帰っていきます。
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紅葉の見頃はあと一週間ほどのようですが、京都の晩秋の行事もそろそろ一段落。
そうこうしている内に南座の顔見世興行が始まり、師走の訪れとともに京都は一気に年末へと向かいます。
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